レッスン風景

久しぶりに

まもなく高校受験をひかえた中3のR君のピアノを久しぶりに聞きました。レッスンには欠かさず来ていますが、夏前位から勉強についての質問が増え、「ピアノでも勉強でも必要な方を持ってきていいよ」と話していたのでずっと数学や英語などに取り組んできていました。おもしろいもので、ピアノを聞いていると勉強の様子(ズバリ、テストでどのようなミスをすることが多いか)が手に取るように分かります。それでついつい中学生にはそのようなアドバイスをすることが増えてしまうのです。

ピアノを聞いていると、というより、その取り組みを見ていると、物事に向き合う姿勢が見えます。そして計画性のある無し、も当然見えてきます。弱点を発見した時の克服の仕方や、ミスが起こった時にそれを次に活かす頭と心の使い方が出来ているかも見えます。受験となった時、惜しいミスだとしても全く理解していない人と同じく点数につながらない、ということになり、それが命取りになってしまいますね。自分の課題がどのポイントにあるのか、を本気で知ろうとすることは勇気のいることかもしれません。でも、それを知らずには真の意味での進歩もないと思うのです。

件のR君はおもしろいほどに楽観主義者で、かすかな日差しが見えただけでも大船に乗ったような気分になる素晴らしい考え方の持ち主です。ピアノもなかなかなのですが、自信がある時には「今日はかなり自信あります!」と宣言してしまうタイプです。しかしながら、わずかに何かが惜しいことになり、どんなに短いテキストの曲だとしてもすんなり合格することはめったにありませんでした。そんなもどかしい状況をずっと見てきて、力はついてきているのに勉強でも同じことが起こっていそうだな、と心配になり前述のような私の発言に至ったわけです。勉強の様子を見始めてすぐに気になったことは、理解することの大切さを分かっていないのではないか、ということでした。自分の頭の中で、丁寧に丁寧に一つずつ納得しながら理解を深めていくことこそ最も大切なことであり、それ自体が脳のトレーニングになると私は感じているのですが、昨今の早期教育の弊害とも考えられるのですが、Aと見たらBと答える、というような反射神経的な繰り返しと暗記を”能力”と勘違いしていて、それが”勉強だ”と思い込んでいる現象が気になったのです。もちろんスピードをつけるためには反射神経的に即座に答えられる所まで落とし込む作業は大切ですが、あくまでもそれは”理解”の先にあるものでなければ嘘だと思うのです。しかし、残念ながら今の子供たちのほとんどはそのようなゆったりと悶絶しながら一つの問いと向き合うゆとりを奪われてしまっています。すっかり有名人になった林修先生が、学生時代にすぐに答えが分からない数学の問題をバスの中で何日も何日も考えながら通学するのが至上の喜びだった、とお話になっていたことが印象に残っています。答えがすぐに分からないということ、でも、その問いのどこに解法の糸口があるのかを脳みそをフル回転させて、自分の中にある思い込みを丁寧に取り除きながら客観的に見つめていこうとする作業は、本来人間にとって幸せな瞬間であるはずだと私は考えます。そうやって丁寧に向き合うことでゆっくりと複雑に絡み合っているように見えた糸の塊が、するするとほどけていく快感。そして、「な~んだ、わかるじゃないか!」という自分を誇らしく思う気持ち。それこそが複雑な社会をしっかり生き抜いていくのに最も必要な”力”なのだと思うのです。

親御さんたちが早期教育に駆り立てられる理由は様々あるでしょうけれど、その中の一つに、『学校で教わった時につまずいたらかわいそう』というのがありますね。だから必死に子供が困らないようにあれやこれやと習わせる。そうすると、ぼんやりのんびり育っている子よりも一見優秀そうに見える時期があります。すると怖いもので、子供本人が”周りより出来る自分”をわりに早い時期に自覚します。これが悲劇の始まりです。”知らない””出来ない”が何よりの恐怖になり、無邪気に本当の自分の中身と向き合う事が出来なくなっていきます。”プライド”という鎧を身にまとい、分かっていない自分を隠すのに必死です。とは言え、そのこと自体に本人も親御さんも気付かないのです。でも、最初はぶっちぎっていた成績もみんなが目覚めて勉強しだすと着々と下降していき、いよいよこれから、という時に伸びきったゴムのようになってしまう、という現象はたくさん見てきました。

子供時代にやっておくべきことはただ一つ。その子のペースでじっくり何か好きなことに熱中する経験を安心して積ませてあげることだけだと思います。将来、”ここ一番”という時に発揮できる力はそこでしか育ちません。

だいぶ脱線しましたが、R君のおかげでずっと言いたかったことが書くことが出来ました!ありがとう、R君!

それで、昨日の話に戻りますが、半年ぶりに聞いたR君のピアノが実に素晴らしくなっていたのです。勉強第一の生活をしているはずですからそれほど時間をかけているわけではないのでしょうけれど、課題がしっかりクリアー出来ていて、さらに美しい音で安定して演奏していました。本当に嬉しかったです。私は常日頃から「ピアノとしっかり向き合えば、必ず勉強もできるようになる!」と言っていますが、R君はその逆をも証明してくれました。彼は勉強にしっかり向き合っていた結果、ピアノが上手になったのですから。

成長のスピードが遅かったとしても、自覚して本人の意志で動き出した時にはものすごいパワーが出ます。自分の意志で勉強しだしてこのR君は5教科で125点も一気に点数を伸ばし、周りを驚かせました。そういうものなのだと思います。

R君は昨日こんなことを言いました。「最近、”分かる”が分かってきました。昔は答えが分かるが”分かる”だと思っていたけれど、今はなぜそうなるかが”分かる”だと分かってきたんです。」

感動しました。私に出来る事は何もないけれど、彼のがんばりを静かに応援していきたいと思った一日でした。